コード解析

「オーヴァージョイド」「Overjoyed」 ~ スティーヴィー・ワンダー Stevie Wonder

はじめに

1985年のアルバム『In Square Circle』に収録。
アルバム発売と同時にシングルカットされたスマッシュヒット「Part-Time Lover」とともに、このアルバムを代表する曲といえます。
極めて美しいメロディに加え、なんとも気持ちいい癒し効果もあったりで、カフェやFMステーションなどで今もよく耳にします。

℗ 1985 Motown Records, a Division of UMG Recordings, Inc.

イントロが始まった瞬間から「お?」ってなりますね。ピアノ、ギターに混じって、水の音、鳥のさえずり、虫の鳴き声などの環境音がふんだんに使われています。美しいメロディと溶け合ってとても気持ちいい。
水の音は3拍目、スネアのタイミングで規則的に鳴っています。環境音として入れているというよりは、楽器(スネア)代わりに入れていると言えます。
これは筆者の勝手極まりない仮説なのですが・・
スティーヴィーは生まれつき目が見えないので、楽器の音も動物の鳴き声も衝突音も「音」は全部「音」であってそこに線引きは無く、なんの音でも楽器の音と同様にアレンジに使うことが出来たのではないか、と思ったりしてます。我々にとっては斬新ですが、彼にとっては突飛なアイデアでもなかったのでは、、と。

ちなみに楽器であるギターも、まるで環境音であるかのように奏でられてますが、アール・クルーという有名ギタリストだそうです。

さ、コードいってみましょう♪

コードの話

イントロ

こうですね。

この6thコードからおっぱじめるのはスティーヴィーがよくやる手で、「Summer Soft」(ALBUM『Hotter Than July』)や「Send One Your Love」(ALBUM『Journey through the Secret Life of Plants』)のヴォーカル冒頭なんかでも見られます。
このイントロ、実はそんなに難しい話ではなくて、鍵盤で見ていくと、一番高いB♭をキープしながら他の音はルート音も含めて半音ずつ下がっていってることが分かります。

コードだけ弾いてみましょう。

ちょっと指を動かして。

ピアノ習ったことない人でも1週間も練習すればそこそこいい感じになるんちゃいますかね?
と言っても、このイントロを軽んじてるわけではなく、スティーヴィーご本人も鍵盤をポロポロ触ってたら出来ちゃった的な、コードで語ると小難しいけど、実は鍵盤上ではシンプルな音運びである、ってことです。

しかしこのイントロ、、、
メロディー部に入ったら、木漏れ日、せせらぎ、といったような大自然の雰囲気が感じられるわけですが、イントロでは、自然の美しさの手前にある畏敬の念のような世界観を感じます。言いすぎでしょうか?
とにかく、彼にしか書けない卓越したイントロだと思います。

Aメロ

©1983 Jobete Music Co.,Inc.&Black Bull Music,INC.(ASCAP)

イントロの最後でB♭に落ち着いたと見せかけて、それをⅤに見立ててKey:E♭に飛んで始まります。
余談ですが、私の大好きなゴダイゴ「ビューティフルネーム」(1979)のミッキー吉野師匠によるアレンジで、イントロとヴォーカルの間でも見られる小気味のいい技です。
でもまぁここまではコード的には普通ですわな。次です。

©1983 Jobete Music Co.,Inc.&Black Bull Music,INC.(ASCAP)

来たぞ来たぞ。この赤字のG/Bです。メロディは半音下がりつつ、コードは手前のF/Aをルート音ごとグイっと全音上がります。さらっとやってますが、あまり類を見ないですね。解りやすいようにCキーでも書いておきますね。

©1983 Jobete Music Co.,Inc.&Black Bull Music,INC.(ASCAP)

Bメロ

©1983 Jobete Music Co.,Inc.&Black Bull Music,INC.(ASCAP)

さっきの力技ののち、一瞬Key:Cに転調して、すぐKey:B♭になって、んでそっこーKey:E♭に帰ってきて、何ごとも無かったようにAメロ(Key:E♭)がもう一回始まります。

スーッとリンクに滑ってきて、難易度8.2くらいのジャンプとターンをサクッと決めて去って行った感じです。

CはⅠ、Cm7はKey:B♭におけるⅡm7になってるのですが、これいろんな曲でよくなさってます。こんなことしててもメロディに全然違和感が無い・・。

Cメロ

©1983 Jobete Music Co.,Inc.&Black Bull Music,INC.(ASCAP)

このD♭は無くはないんでしょうけど、Ⅱm7→Ⅴ7→Ⅶ♭→Ⅵ7の流れはあんまり見ない気がします。
で、上の図の2段目に行くと、1段目と同じメロディのまま全音上がってます。1段目最後のC7は、Key:E♭におけるⅥ7ですが、それをKey:FのⅤ7と見立ててB♭M7(ⅣM7)に飛んでるってことなのかなと。

自由ですよね、この人。

そしてここで出ましたB♭/A♭!
このメジャーコードでルートだけ1音下、っていうコード自体は、Ⅳ→Ⅴ/Ⅳみたいな流れで使う分には定番中の定番で猫も杓子も使ってるわけですが、こんな風に転調のきっかけとしてぶっ込んでくるのは、そこらへんのコンポーザーでは出来ません。
この、よく分らんタイミングで変なコード出して転調する、という秘技によってめでたくKey:E♭に帰ってきます。


さらに、ワンコーラス終わって普通だったらB♭コードにいったん落ち着いてから間奏に行くんでしょうけど、ゆらゆらとなし崩し的にイントロ(D♭6)に戻るってのが凄い・・。(動画01’42あたり)
もはやほぼおなか一杯なわけですが、終盤Cメロでさらにグイっと全音上げの転調して歌い上げたのち、また技を繰り出します。

©1983 Jobete Music Co.,Inc.&Black Bull Music,INC.(ASCAP)

気持ちの盛り上がりに任せてキーを上げておいて、さっきまでの追い風がまるでふわりと向かい風に変わったかのようにキーを下げ(上の赤の部分、 動画03’27あたり )、まるでKey:E♭で曲を始めた責任を取るかのように元のキーに戻してエンディングとしています。

おわりに

数々の名曲を世に送り出しているスティーヴィーですが、美しさという点では「Overjoyed」はピカイチだと思います。
なにかの記事でどこかの一流ミュージシャンがインタビューに答えたコメントが記憶に残っています。「スティーヴィーの音楽は誰にでも親しみやすいにもかかわらず、プロが顕微鏡で覗いてみると非常に高度で難解である」というような主旨でした。
まさにその典型例のような曲だと思います。

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